東京高等裁判所 昭和41年(う)1093号 判決 1967年12月28日
控訴人・被告人 青柳弘一 外二名
弁護人 遠藤利一郎 外四名
検察官 国分則夫 泉川賢治
主文
原判決中被告人青柳弘一および同青柳健三に関する部分を破棄する。
被告人青柳弘一を懲役一年二月に、同青柳健三を懲役一年六月に各処する。
ただし、この裁判の確定した日から、被告人青柳弘一に対しては五年間、被告人青柳健三に対しては三年間、それぞれ右刑の執行を猶予する。
原審における訴訟費用のうち、証人青柳正二および同甘利文子に支給した分は、被告人青柳弘一および同青柳健三と相被告人小沢三男との連帯負担とし、証人遠藤基に支給した分は、被告人青柳弘一および同青柳健三の連帯負担とする。
被告人小澤三男の本件控訴を棄却する。
理由
本件各控訴の趣意は、被告人小澤三男については、その弁護人稲本錠之助、同上野久徳および同海法幸平連名提出の控訴趣意書に、被告人青柳弘一については、その弁護人中村登音夫提出の控訴趣意書に、被告人青柳健三については、その弁護人中村登音夫および同遠藤利一郎各提出の控訴趣意書にそれぞれ記載されているとおりであるから、これを引用する。
一、被告人小澤三男の控訴趣意第一点について。
所論は、原判示第一の各事実につき、被告人小澤には、破産財団に対する加害の目的も、自己利得の意思・目的もなかつたし、破産財団を害してもいない、などと主張するものである。
しかしながら、原判示の冒頭および第一の事実に関する原判決挙示の証拠を総合すると、被告人青柳弘一は、自ら代表取締役をしていた厚和電機株式会社(以下、単に「厚和電機」と略称する。)が昭和三四年一二月上旬不渡手形を出し、同月中旬銀行取引を停止され、破産原因の存する状態(以下破産状態と略称する)におちいつたことから、実弟である弁護士の被告人青柳健三に同会社の右実情を訴え、その善後策を相談した結果、厚和電機の機械器具等の財産をもつて同会社の第二会社を設立することを企て、そのためには、厚和電機の右財産が一般債権者の手中に帰することを防ぐため、特定の人を債権者にしたてて、同会社の機械器具等を差押・競売の方法によつて競落取得させ、かつ、債権の取立等を行なわせて、これら全部を第二会社に吸収し、もつて厚和電機の一般債権者の追及をのがれようとはかり、そのころ、右被告人両名は、同会社の債権者の一人であつた被告人小澤に対し、同会社の右実情を説明して右方策についての協力を求めたところ、同被告人も、同会社の他の債権者を排除して自己の債権の回収等その利得をはかるためには右に同調する必要があるとして、これを承諾し、その方法等について被告人三名相談のうえ、原判示第一の各所為に出たものであることが肯認されるのであつて、被告人三名、ことに、被告人小澤は、厚和電機が破産状態におちいつたことから、同会社の他の一般債権者を除外して、被告人三名の利益獲得のために、その意思・目的をもつて、原判示第一の各所為に出たものであることは、まことに明らかであり、それらの各所為は、破産財団に属すべき厚和電機の財産の隠匿や不利益処分であり、それは、同時に、その破産財団を共同担保とする他の一般債権者を害するという結果の発生に向かつてなされたものであること右の諸事実に照らし明らかであるから、それが唯一または終局的のものでなかつたにしても、被告人三名、ことに被告人小澤に、破産財団に対する加害の目的がなかつたとはいえない。しかも、原判示第一の各事実に照らすと、被告人三名が厚和電機の財産を隠匿ないしは不利益処分したその総計額は、四六三万三、〇〇〇円相当に達し、これから後記のように破産財団に属した原判示第一の一の競落代金四九万五、〇〇〇円を差し引いた残四一三万八、〇〇〇円相当は、それだけ破産財団より減少したことが明らかであつて、これが破産財団を害していないといえないことは、もちろんである。所論は、被告人小澤の本件利得は、これを自己の厚和電機に対する債権の弁済に充当したとしても、破産財団の債権者に対する試算配当率をはるかにしたまわる弁済率にすぎないから、破産財団を害していない、と主張するけれども、被告人小澤らが、前記の意思・目的で原判示第一の各所為に出た以上、それによつて得た利得の結果がいかほどであつたかは、本件犯罪の成立になんら消長をきたすことがらではないし、しかも、証人松浦堅一の原審および当審における各供述によれば、厚和電機の破産手続において、最初の債権調査期日までに届け出された債権は、債権者三二名、債権総額三、九三一万六、八七九円であつて、そのうち、佐渡佐太郎の届出債権四八九万八、二〇〇円は否認され、所論指摘の被告人小澤の届出債権はなく、また、その後債務の免除をする者もあつて、昭和四二年三月一日裁判所の配当許可を受けたときには、結局、債権者二七名、債権総額一、九七六万九、八三七円、配当準備金七八〇万九、〇八六円で三割九分五厘の配当率になつたが、その配当準備金は、前記競落代金から執行手続費用を除いた残金四八万五、七八一円、売掛回収金等二一一万一、八〇九円、被告人弘一らと破産管財人松浦堅一との間に成立した同被告人らの別件詐欺被告事件の示談金二八〇万円、被告人健三と右破産管財人との間に成立した債務弁済契約等の名義に基づく本件の一部示談金二五〇万円と、これらを預金した銀行利息金一〇五万九、八二〇円合計八九五万七、四一〇円のなかから準備されたものであることが認められ、被告人弘一、同健三らの右示談金が配当準備金の大半を占めるものであることなどにかんがみれば、被告人小沢の原判示第一の各所為が破産財団を害していないという主張は、単に計数上の一点をとらえてその全部を非難するものであつて、とうてい採用の限りでない。その他、原審記録を調査し、かつ、当審における事実の取調の結果を勘案しても、原判決には、所論の非違は存しない。論旨は理由がない。
二、同第二号について。
所論は、被告人小澤が、原判示第一の一の物件を搬出するにあたり、競落物件以外の物件の搬出については、その認識がなく、責を負うべきいわれはない、などと主張するものである。
しかしながら、原判決がその判示第一の一の事実につき拳示した証拠を総合すると、被告人小澤は、原判示第一の一の各物件を厚和電機から搬出するにあたり、自らその場に出かけて、搬出に従事していた者に対し、他の債権者が差し押えた物件以外は全部持ち出すように指示し、原判示第一の一の各物件全部を搬出させたものであることが認められるのみならず、その際、所論指摘のように被告人小澤に競落物件とそうでない物件との区別が判明しないのであれば、なおさら、その照合区分を厳重に実施して競落物件だけを搬出すればたりるのに、かかる所為に出た形跡は、全く認められない。これらの諸事実に照らすと、被告人小澤は、当初から、競落物件であるか否かを問わず、すなわち、競落物件以外の物件まで搬出する認識のもとにその搬出行為にあたつたものと解されるから、それについての責を負うべきは、理の当然である。所論は、事実を正視せず、いたずらに原判決が適法に認定した事実を非難するものであつて、とうてい採用の限りでない。論旨は、理由がない。
三、同第三点以降の分について。
所論は、被告人小澤において、厚和電機が破産宣告を受けるにいたることを予知していなかつたし、原判示第一の各所為は、すべて適法なものと信じて行なつたものであつて、破産財団に属すべき財産を隠匿ないしは不利益に処分する犯意はなかつたものである、原判示第一の二の収得分も、債権者平等に反しない、などと主張し、原判決には、判決に影響を及ぼす事実の誤認や法令の解釈・適用の誤りがあるとするものである。
しかしながら、被告人三名、ことに被告人小澤が、厚和電機がすでに破産状態におちいつているものであることを十分承知していて、しかもなお、被告人らの利得のために、債権者を害する目的をもつて、新たに第二会社を設立してこれに厚和電機の財産を帰属せしめようと画策実行したものであること前記一において認定したとおりであつて、かかる破産状態にある会社の財産を原判示第一のように隠匿ないし不利益処分すれば、なおさら、その会社が窮状におちいり、必然的に破産宣告を受けるにいたるであろうことは火を見るよりも明らかであつて、この事実だけからみても、計理士・税理士・司法書士等の肩書を有し会社経理等の事務に精通していた被告人小澤が、厚和電機の破産宣告を予知できなかつたとする主張は、とうてい容認しうるところではなく、かかることを予知し認識していたからこそ、原判示のように、被告人らは、短期間内に、債権譲渡の仮装・差押・競売・物件の搬出・売掛金の取立等の各所為に出たものであつて、それらの行為自体からみても、被告人三名、ことに被告人小澤に、破産財団に属すべき財産の隠匿・不利益処分の犯意の存したことが十分うかがわれるのみならず、原判示の冒頭および第一の事実に関する原判決挙示の証拠によれば、その犯意も十分肯認することができる。そして、かかる犯意のもとに、原判示第一の各所為に出ることの違法であることはいうまでもない。なるほど、被告人三名の原判示第一の各所為を外形的にのみ観察すれば、一見合法であるかのごとく見られないわけではないが、これらの各所為は、いずれも、被告人らが、厚和電機の他の債権者からの追及を免れるためと、法網をくぐるための手段としてとられたものであつて、その実体は、あくまでも、第二会社のためにする、破産財団に属すべき厚和電機の財産の確保にあつたことは、前記一において認定した諸事実に照らし明らかである。所論は、被告人小澤が、被告人健三の指示に従つて競落代金を出したことや、厚和電機従業員の退職金を支弁したことなどから、破産宣告を予知せず、かつ、財産隠匿等の犯意のなかつたことをるる主張するけれども、そのしからざること前記のとおりであるのみならず、前記証拠によれば、被告人小澤が被告人健三の指示に従つたのは、厚和電機の他の一般債権者を除外して、自己の利益獲得のためには原判示第一の便法をとるにしかずとして、その指示に従つたまでであつて、退職金のごときも、厚和電機の従業員をつなぎとめて、第二会社設立後の転用、社会的信用などを考慮したうえでのものであつたことなどがうかがわれ、その他所論指摘の諸事実を勘案しても、被告人小澤に、右の予見ないしは犯意がなかつたとは、とうてい解されない。同被告人の収得が債権者平等に反していないとの主張の当たらないことは、さきに一において説明したところによつても明らかである。原判決には、なんら所論のような事実の誤認や法令の解釈・適用の誤りはない。論旨は、理由がない。
四、被告人青柳弘一の控訴趣意第一点について。
論旨は、左記(一)ないし(三)の所論によつて、原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認または法令の適用の誤りがあるとするものであるが、その理由のないことは、左記に判断するところにより、明らかである。
(一) 所論は、原判示第一の各事実につき、佐渡佐太郎は、真実被告人小澤から債権譲渡を受けて、その債権の回収に出たものであり、その取立委任を受けた被告人健三において、原判示第一の債権回収の手段を講じたものであつて、被告人弘一は、その債務者として、債権者の理由ある請求に対し義務の履行行為を行なつたまでであり、破産宣告のあるまでは、債務者のかかる行為はなんら禁止されていない、また、原判示第一の一の競落物件以外の物件を搬出したのは、厚和電機の工場移転のためである、などと主張し、原判決が原判示第一の各事実を認定し、破産法第三七六条前段、第三七四条第一号を適用して、被告人弘一を処罰したことは、甚だしい事実の誤認をおかしたか、右法令の解釈・適用を誤つたものであるというのである。
しかしながら、原判示第一の事実に関する原判決挙示の証拠を総合すると、原判示第一の各事実を優に肯認することができ、原審記録に現われたその余の証拠に照らし、かつ、当審における事実の取調の結果を勘案しても、原判決の右認定には、事実誤認の疑いは、ごうも存しない。しかも、被告人三名、ことに被告人弘一がそれらの各所為を行なうにいたつたのは、破産状態におちいつた厚和電機を見捨てて、被告人らの利得のために、他の一般債権者を害する目的をもつて、新たに第二会社を設立しこれに厚和電機の財産を帰属せしめようと画策実行するために、原判示第一の各所為に出たものであること前記一において認定したとおりであつて、被告人弘一のこれら所為が、特定債権者に対する適法な義務の履行行為として行なわれたものでないことは、明らかである。したがつて、これが適法な義務の履行行為であることを前提とするその余の主張は、すでにその前提において失当である。また、原判示第一の事実に関する前記証拠によれば、被告人らの原判示第一の一の競落物件以外の物件の搬出は、これら物件が、他の債権者の手中に帰することをおそれたことと、これを第二会社に帰属せしめようとしたための搬出であつて、厚和電機の工場移転のためではないことが認められる。なお、これらの点については、原判決が「当裁判所の判断」の一において詳細説示しているところであつて、その説示は、まことに相当であつて間然するところはない。所論は、事実を正視せず、原判決が適法に認定した事実をいたずらに非難するものであつて、とうてい採用の限りでない。論旨は、理由がない。
(二) 所論は、被告人弘一が、原判示第一の各事実を行なうにあたり、弁護士たる被告人健三の指導のもとにすべて適法行為と信じて関与したものであるから、違法性の認識がなく、その認識を欠いたことについて相当の理由があつたと認められるので、犯意が阻却される、などと主張するものである。
しかしながら、被告人弘一が原判示第一の各事実を行なうにあたり、その犯意を有していたことは前記一・三・四の(一)において認定したとおりであるのみならず、原判示の冒頭および第一の事実に関する原判決拳示の証拠によると、被告人弘一は、厚和電機が破産状態におちいつたことから、特定の人を債権者にしたてて、厚和電機の財産の差押・競売をさせ、終局的にはこれら財産を第二会社に取得させて、厚和電機の債権者の債権を実効のないようにしようと画策し、前記一に認定した被告人小澤とそのことを謀議する直前に、信頼していた竹内不二夫にこのことをうち明け、その協力方を要請したところ、同人から「そのようなことをすると、業界からまつ殺され、刑事事件にもなるし、大変なことになる。」などといさめられたうえに、実弟である青柳正二からもその非をいさめられていたことが認められる。この事実からみても、被告人弘一が、原判示第一の各事実を行なうにあたり、実弟の弁護士である被告人健三の指示に従つて行動した面が多々うかがわれるにしても、なお、その行為の違法性を十分認識し、しかもあえて、原判示第一の各所為に出たものであることが優に肯認されるから、所論は、とるに由ない。論旨は、理由がない。
(三) 所論は、原判示第二の事実につき、被告人弘一は、厚和電機の従業員に対する給料の支払にあてるため、同判示の物件を他に売却したものであつて、破産宣告のあるまでは、理由のある債権者の請求に対しその義務を履行することは刑罰法規の禁止するところではない、などと主張するものである。
しかしながら、原判示第二の事実に関する原判決挙示の証拠によれば、原判示第二の事実、ことに、被告人弘一は、厚和電機が破産宣告を受けるにいたるべきことを予知するや、自己の利益をはかり、同会社の一般債権者を害する目的をもつて、同会社の製品であるインバーター一台を同判示のように他に売却し、もつて、将来同会社の破産財団に属すべき右財産を隠匿した事実を優に肯認することができ、しかも、右証拠によれば、被告人弘一の右売却処分は、厚和電機の一般債権者からする財産の差押等を免れるためのものであつて、その売却代金として受け取つた約束手形は、被告人健三に届けられ、厚和電機の従業員に対する給料の支払にあてられたものでないことが認められる。所論は、事実を曲解して、それを前提に、正当な債権者の支払請求を拒みえないとか、あるいは、法令の解釈・適用の誤りがあるなどと主張して、原判決が適法に認定した事実をいたずらに非難するけれども、そのしからざること右のとおりであるから、とうてい採用しがたい。論旨は、理由がない。
五、同第二点について。
所論は、被告人弘一に対する原判決の量刑は、重きに過ぎ、失当である、と主張するものである。
そこで、原審記録を調査し、かつ、当審における事実の取調の結果を総合して考量すると、被告人弘一の本件犯行におちいつた経緯・その動機・態様・結果ことに厚和電機の他の一般債権者に及ぼした影響等に、同被告人の経歴・性行等諸般の事情を考慮すると、同被告人に対する原判決の量刑は、必ずしも所論のように重きに過ぎるものではない。しかしながら、被告人弘一が、窮状におちいつた厚和電機の代表取締役として、その営業目的である電気機械器具の製造・販売をいかなる形においても継続発展させたいと熱望し、かつ、従業員の将来の処遇等に思いをめぐらすの余り、ついに本件犯行に出たことは、それがその犯意ないしは期待可能性を欠くものであるとはとうてい認められないにしても、その心情に同情すべき点がないわけではなく、その後その非を反省悔悟し、自ら招いた結果であるとはいえ、細々とその余生を送つている現状を見、かつ、その生活態度・年齢・家庭環境等を考慮すると、同被告人が、本件犯罪と刑法第四五条後段の併合罪の関係にあたるところの、倒産状態にある厚和電機の救済資金を作るため、昭和三四年五月から同年一二月にかけて、電線販売業者から電線を騙取した事件につき、別件詐欺被告事件として起訴され、原判示の確定裁判を受けていることを参酌し、これと本件との情状を併せて考量しても、なお、この際、本件についても刑の執行を猶予し、同被告人を社会に復帰させて、自力更生の機会を与えることこそ、刑政の本義に合するゆえんであると思料されるので、原判決の量刑は、現時点においては、重きに過ぎるきらいがあり、原判決は、この点において破棄を免れない。論旨は、理由がある。
六、被告人青柳健三の控訴趣意中弁護人遠藤利一郎の論旨第一点について。
所論は、破産法第三七四条第一号所定の行為が破産宣告前に行なわれたときは、その行為と、破産宣告との間に因果関係を必要とするところ、被告人健三らの本件各所為と、厚和電気の破産宣告との間には、このような関係がない旨を主張するものである。
しかしながら、破産法第三七四条第一号の法意は、債務者が、自己もしくは他人の利益をはかり、または、債権者を害する目的をもつて、破産財団に属すべき、または、属した財産を隠匿、毀棄または債権者の不利益に処分することを禁じ、もつて、破産財団を共同担保とする一般債権者の利益を保護することにあり、右に違反した債務者を処罰するためには、破産宣告の確定したことを条件とするけれども、それ以上に、債務者の右違反行為と破産宣告との間に、その行為がなければ通常破産宣告がなされるにいたらなかつたであろうという因果関係を必要とするものではない。このことは、同条違反の罪が、同条に該当する行為を犯罪の成立要件として、その行為の結果現実にいかなる財産上の損害を生じたか、その損害の大小等を全くその要件としていないのに、他方、破産宣告は、その裁判のときを基準にして、債務者の支払不能(同法第一二六条第一項)、支払停止(同条第二項)、あるいは債務超過(同法第一二七条第一項)を原因としてなされるものであつて、それ以上に、それがいわゆる破産犯罪によつて生じたものであるかどうかなどの破産原因のよつてきたるもろもろの事実を逐一調査確認して、その要件としなければならないものではないことに照らせば明らかである。しかも、他面、本件においては、原判決挙示の証拠により明らかな、被告人三名が、厚和電機がすでに破産状態におちいり、破産宣告を受けるにいたるであろうことを十分承知しながら、自己の利益をはかり、他の一般債権者を害する目的をもつて、あえて原判示の各所為に出たものであることの原判示の事実ならびに前記一において認定した事実、ことに、被告人らの所為が破産財団を害している事実等を考慮すると、被告人らの本件所為は、厚和電機の破産宣告をより早く確実ならしめたものであつて、管轄裁判所がこの事実をとらえてそれを破産宣告の原因となるものとみたかどうかは別としても、被告人らの本件所為と厚和電機の破産との間に優にその因果関係のあることを肯認することができる。論旨は、いずれの点からみても理由がない。
七、同被告人の控訴趣意中その余の量刑関係以外の論旨について。
論旨は、左記(一)ないし(三)の所論のとおりであるが、その理由のないことも、左記に判断するとおりである。
(一) 所論は、原判示第一の各事実につき、同判示の各債権譲渡は、いずれも真正になされたものであつて、被告人健三は、その譲受人佐渡佐太郎の委任に基づき、同判示の差押・競売・競落物件の譲渡、売掛金の回収等に関与したものであり、また、債務者は、破産宣告のあるまでは自由にその財産を処分することができるところ、被告人弘一は、債務者として、債権者の理由ある請求に対し義務の履行行為をしたまでであつて、原判示第一の一の競落物件以外の物件の搬出も、厚和電機の工場移転のためであつたにすぎず、したがつて、被告人健三は、これら各所為に関与するにあたり、債権者を害する目的もなく、また、厚和電機の破産財団に属すべき財産の隠匿ないしは不利益処分をしたものでもなく、すべて適法に行なつたものであるから、原判決は、採証法則に違背し、ひいては事実誤認の違法をおかしたのみならず、法令の解釈・適用を誤つたものである、などと主張するものである。
しかしながら、原判示第一の事実に関する原判決挙示の証拠を総合すると、原判示第一の各事実を優に肯認することができるのであつて、原審記録に現われたその余の証拠を検討し、かつ、当審における事実の取調の結果を勘案しても、原判決の右認定には、採証・認定を誤るとか、事実誤認の疑いはなく、また、原判決をつぶさに検討しても、所論指摘の法令の解釈・適用の誤りは見当たらない。そして、被告人健三らの原判示第一の各所為が原判示の各法条にあたる犯罪行為であることは、原判決が「当裁判所の判断」の一において詳細説示しているところであつて、さらに当裁判所も前記一・三・四の(一)において若干説明したとおりであり、また、債務者が破産宣告を受けるまでは、自由にその財産を処分しうるとしても、被告人弘一の原判示第一の各所為が、債務者としての義務の履行行為にあたらないことは、前記四の(一)において説明したとおりである。
しかして、破産法第三七四条第一号にいわゆる「隠匿」とは、債権者からする債務者の財産の発見を不能または困難にする行為を指称し、所論指摘の財産の所有権関係を不明にするとか、あるいは、財産を場所的に移動させてその所在を不明にする行為などをも包含する概念であるものと解されるところ、被告人三名は、自らの利得のために、他の一般債権者を害する目的をもつて、厚和電機の財産を新たに設立する第二会社に帰属せしめようと画策実行するため、原判示第一の一の各所為に出たものであること前記一において認定したとおりであつて、同判示の差押物件の競落、物件の搬出等は、いずれも債権者からするそれら物件の発見を不能または困難ならしめる行為にほかならず、しかも、それらは、被告人らの利得のために、他の債権者を害する目的のもとになされた隠匿の発展していく行為であつて、原判決は、これらの事実を具体的に摘示し、かつ、それら所為を包括して一つの隠匿行為にたるものとして処断したものであることは、その判文上明白であるから、原判決には、理由不備の違法はない。所論は、厚和電機の第二会社は、一般債権者に秘して設立されたものではない、と主張するけれども、原審記録によれば、厚和電機の第二会社である厚和電機工業株式会社は、昭和三五年一月二一日設立登記されたものであることが認められ、かつ、その設立についてのあいさつ状などが準備されていたことがうかがわれないわけではないけれども、それらは、いずれも、被告人らが原判示第一の各仮装債権譲渡・物件の差押および競売などを行なつたのちのことであつて、少なくともそれまでは、厚和電機の他の一般債権者に対し、右第二会社の設立を秘していたものであることは、原判示の冒頭および第一の事実に関する原判決挙示の証拠に照らし明らかであるから、右の主張は、とうてい採用しがたい。また、所論は、原判示第一の一の各物件の時価を適正に評価していない、と主張するけれども、それら物件の時価をどう評価するかについては、その買入価格・使用および耐用年数・経済的需要供給の関係・その他もろもろの要因によつて異なるものであるうえに、証人関信雄の原審公判廷における供述によれば、一般の取引価格に比し、動産の競売価格が極端に低廉に見られる場合のあることが認められることなどを考慮すると、原判決が、原判示第一の事実について挙示した証拠により、これら物件の時価を同判示のように認定したのも、相当であつて、あながち不当な評価であるとはいえない。その他、所論は、原判示の一言半句をとらえて、そのしからざることをるる主張し、あるいは、独自の見解に基づき、被告人健三らの原判示第一の各所為が適法であることを様々に主張するけれども、原判決をしさいに検討すれば、所論の非違の存しないことは、まことに明白であつて、それら主張の採用しがたいことは、いうまでもない。論旨は、理由がない。
(二) 所論は、原判示第三の事実につき、同列示の約束手形および小切手は、被告人健三が、厚和電機の債権者である佐渡佐太郎の代理人として、同会社の代表取締役である被告人弘一から任意弁済を受け、これを右佐渡のために保管していたものであつて、もちろん厚和電機の債権者を害する目的もなく、破産財団に属すべき財産を隠匿したものでもなく、また、横領の犯意もなかつたものである。しからずとしても、右手形等は、被告人弘一個人のために保管していたものであるところ、同被告人は被告人健三の実兄であるから、これを横領罪として問責するためには被告人弘一の告訴を必要とするのに、その告訴がない、などと主張するものである。
しかしながら、原判示第三の事実に関する原判決挙示の各証拠を総合すると、原判示第三の事実(ただし、別表三の番号2の手形金額欄の数字「二三〇、〇〇〇」は、「二三〇、二〇〇」の誤記であることが明らかである。)、ことに、被告人健三は、厚和電機のために同判示の手形等を預かり、これを業務上保管中、同判示のように、自己の利益をはかり、同会社の一般債権者を害する目的をもつて、これら手形等をいずれも銀行の預金に入金して着服横領し、もつて、将来破産財団に属すべき財産を隠匿した事実を優に肯認することができる。(論旨中、同被告人が東京都民銀行蒲田支店や同栄信用金庫銀座支店から手形を受け取るにあたり、精算尻不足金を支払つているのに、原判示には、横領手形の金額からこれが差し引かれていないことを攻撃しているけれども、この横領の客体は、手形自体であるから、原判決がその手形の金額をそのまま表示したことは、正当であつて、所論の点は、情状として考慮されるものである。)原審記録を調査し、かつ、当審における事実の取調の結果を勘案しても、原判決の右認定には、採証の誤りや、事実の誤認ないしは所論指摘の非違は存しない。しかも、その理由については、原判決が「当裁判所の判断」としてその一および三に詳細説示し、当裁判所も、共謀の経緯について前記一において説明したとおりであつて、被告人健三が、債権者を害する目的をもつて、かつ、隠匿・横領の犯意をもつてその所為に出たことは、右の諸事実に照らし十分肯認しうるところである。所論は、事実を曲解し、原判示第三の手形等は、被告人弘一個人のために保管していたものであるとして、同被告人の告訴を欠く旨を主張するけれども、右手形等は、厚和電機の所有であつて、被告人健三が同会社のために保管していたものであることは、原判示第三のとおりであるから、その主張は、すでにその前提において失当であり、とうてい採用の限りでない。また、所論は、右手形等を佐渡佐太郎ないしは被告人小澤に渡さなかつたのは、弁護士報酬金・損害賠償金等に充当するためである、などと主張するけれども、右手形等は、いずれも厚和電機の所有であつて、同会社のために保管していたものであること右のとおりである以上、これを佐渡ないしは被告人小澤に渡す必要のないことは、理の当然であつて、同人らに渡すべきことを前提にしてその渡さなかつた事由を種々弁疏するその余の主張は、すでにその前提において失当であり、また、横領した金員の使途についてもるる弁明するけれども、それらの事実は、量刑の一事情としてはともかく、右犯罪の成立に消長をきたすものではないから、それらの主張は、いずれの点からみても採用しがたい。論旨は、理由がない。
(三) 所論は、以上のほか、原判示の各事実およびそれを認定した原裁判所の判断説示の一言半句をとらえて、独自の見解をもつて、原判決には、採証法則に反するとか、事実誤認・理由不備・法令の解釈・適用の誤り等がある旨の主張をるる開陳しているけれども、原判決をつぶさに検討すれば、所論指摘の非違は存しないから、それらの主張は、とうてい採用の限りでない。論旨は、理由がない。
八、同被告人の控訴趣意中量刑不当の論旨について。
所論は、被告人健三に対する原判決の量刑は、重きに過ぎ失当である、と主張するものである。
そこで、原審記録を調査し、かつ、当審における事実の取調の結果を総合して考量すると、被告人健三は、弁護士として、元来、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とし、社会の師表に立つべき倫理性が強く要請される地位にありながら、あえて、法律的知識を悪用し、被告人三名のなかでもその中心的立場に立つて、本件犯行に出たものであつて、その動機・態様・結果ことに厚和電機の他の一般債権者に及ぼした影響等諸般の事情を考慮すると、被告人健三に対する原判決の量刑は、やむをえないものというべきである。しかしながら、被告人健三のことここにいたつたゆえんは、実兄である被告人弘一の窮状を助けようとする余りの犯行であつたこともうかがわれ、その心情に同情すべき点がないわけではなく、また、本件犯行後その非を反省悔悟し、被害弁償等に努力していること、その他被告人健三の年齢・経歴・犯行後の生活態度等諸般の事情を考慮すると、同被告人は、自力をもつてしても十分更生しうるものと認められるので、この際相当期間刑の執行を猶予するのが相当であると思料されるから、原判決の量刑は、結局現時点からみれば、重きに過ぎるものがある。論旨は、理由がある。
九、結び。
よつて、被告人小澤の本件控訴は、理由がないから、刑事訴訟法第三九六条により、これを棄却することとし、被告人弘一および同健三の本件各控訴は、いずれも理由があるから、同法第三九七条第一項、第三八一条により、原判決中被告人弘一および同健三に関する部分を破棄し、同法第四〇〇条但書に従い、当審において直ちに自判することとし、原判決が証拠(ただし、原判決の一八ページ六行目に「同月四日」と記載されているのは、「同年五月四日」の誤記と認められる。)により確定した右被告人両名の各犯罪事実(ただし、別表三のうちの前記誤記を訂正したもの)に、そのかかげる相当法条を適用し(ただし、被告人弘一の原判示第一および第二の各破産法違反の罪、被告人健三の原判示第一および第三の各破産法違反の罪は、それぞれ、同一の破産宣告を予知してその犯行に出たものであるから、破産宣告確定という処罰条件のもとに包括して一罪として処断すべきである。)、さらに、被告人弘一に関しては、刑法第四五条後段、第五〇条を適用し、被告人健三に関しては、同法第五四条第一項前段、第一〇条を適用して、犯情の重いと認める原判示第三の業務上横領罪の刑に従い、それぞれ所定刑期の範囲内において、被告人弘一を懲役一年二月に、被告人健三を懲役一年六月におのおの処し、その各刑の執行猶予につき同法第二五条第一項を、原審における訴訟費用の負担につき刑事訴訟法第一八一条第一項本文、第一八二条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長判事 堀義次 判事 内田武文 判事 金子仙太郎)
弁護人遠藤利一郎の控訴趣意
第一点破産法三七四条の行為と破産宣告との間には因果関係のあることを要する。
一、司法省編纂改正破産法理由書に曰く
本編(註第四編罰則)ハ破産ニ関スル刑罰規定ヲ定ム而シテ其ノ規定ハ何レモ破産財団ノ安固ヲ図リ破産手続ノ公正及ヒ正確ヲ保障スルノ趣旨ニ基クモノトス(一八五)
前野順一判事破産法七版-本編ハ破産ニ関スル刑罰ヲ規定ス破産犯罪ハ何レモ破産財団ノ安固ヲ図リ破産手続ノ公正ト正確ヲ期スル目的ニ出デタルモノデアル従ツテソノ行為ガ徳義上責ムベキモノトシテモ右ノ目的ヲ害セザル限リ破産犯罪トシテ処罰スルヲ要シナイノデアル(六〇四頁)
二、従つて
金井正夫学士 実例破産手続詳解-本罪ノ行為ハ破産宣告前ニ為サレタルト其ノ後ニ為サレタルトハ之ヲ問ハサルモ、破産宣告前ニ為サレタル行為は少クトモ破産宣告ト其ノ行為トノ間ニ相当因果関係アルコトヲ要スルモノトス(詳解五九四)
竹野竹三郎判事破産法原論-詐欺破産罪ノ行為ハ破産法第三七四条ニ掲クル行為ニシテ其ノ行為ガ破産宣告ノ前後孰レニ属スルトヲ問ハズ然リト雖モ其ノ行為ノ時期ニ付絶対的無制限ナリト謂フコトヲ得ス即チ其ノ行為ト当該破産トノ間ニ相当因果関係ノ連繋ヲ有スルコトヲ要スルモノトス(下巻九八二)
前野順一判事破産法-行為ノ時期ニ付テハ破産宣告ノ前後ヲ問ハナイケレドモ当該破産ト関係アルコトヲ要スルカ故ニ第一破産ニ関係アルモノニ付第二破産ヲ原因トシテ本罪ヲ構成スルモノト為スヲ得ナイ(破産法六〇七)
三、即ち被告人等に本件破産宣告前判示挙指の如き第一乃至第三の事実があつたとしても、それらの事実によつて右破産宣告が為されるに至つたとの因果関係の存在が是非とも必要である処原審判決を十分精査しても、右因果関係の存在に言及したる部分は全く無いし之を証すべき資料も全然存しないのである。
再言すれば本条所定の目的を以て、本条所定の行為に出でたる場合に於てその中破産宣告と因果関係を有する場合のみ処罰せられ、因果関係なき場合には否認権等の対象になることがあつても、本条処罰の対象にはならないのである。
四、然らば原判決は、抑々出発点に於て先ず破棄を免れず、被告人等に刑事責任を負担せしむることは到底出来ないのである。
五、因に本件破産宣告の申立は昭和三十四年十二月二十三日破産債権者の一人株式会社愛国電線工業所がなしたものであり、同三十五年三月十五日破産宣告が為され同年四月七日右宣告が確定したものであるが、其の宣告を為すに至つた過程に於て、判示挙指の事実が右宣告の原因となつた事実は全く存しないのである。
即ち本件破産宣告は判示挙指の事実の有無に拘らず、他の原因に基いて為されたものである。
六、原判決は右のとおり、破産宣告と行為との間に因果関係の必要であることを全く無視しているのであるから原判決を通読して最初に痛感することは、原判決は判断の基礎に於て先ず誤つていると云うことである。
原判決は会社が倒産した以上、会社代表者は全く何の動きもしてはならない。積極財産も消極財産も倒産の日のままにして一切手を付けず、一般債権者又は破産管財人に万事を任すべきであると云う考を基礎にしている。
七、その顕著な現れの一つとして、判示第二の事実を挙げることができる。
会社代表者たる弘一が従業員の給料を支払わんが為め、インバーター一台を価格相当の値段である四万九千円で売却した事を以て、原判決四枚目裏二行目
もつて将来厚和電機株式会社の破産財団に属すべき右財産を隠匿し
と極めつけているが、然らば原審は会社従業員の給料はどうして支払えばいいと云うのか、御伺い致し度いものである。
八、申す迄もなく破産法は民法商法等の一般法に対する特別法である。そして
破産法第一条 破産ハ其ノ宣告ノ時ヨリ効力ヲ生ス
同 第六条 破産者カ破産宣告ノ時ニ於テ有スル一切ノ財産ハ之ヲ破産財団トス
同 第七条 破産財団ノ管理及処分ヲ為ス権利ハ破産管財人ニ専属ス
と定められている。
即ち会社の一切の財産は、破産宣告の時より破産管財人の管理処分権に服するのであるが、それ迄は民法商法等の民事一般法の規定に基いて、会社代表者が之を管理処分する権限を有するのである。
九、其の権限に基いて、弘一は右インバーター一台を売却したのであつて、何ら咎めるべき筋はなく、況や右金員を従業員四、五名の給料として支払つたことが明白である以上、別段責めらるべき落度は無いのである。然るに之を以て財産隠匿とは余りにも事実を歪曲したコジ付けの屁理屈と断ぜざる得ない。
十、判例に曰く
債務者がその所有の動産を売却する行為は、その対価が不当に廉価で債務者の資産を減少せしむるものでない限り、正当な処分行為であつて七二条一号にいわゆる破産債権者を害することを知つてした行為には該当しない(大審昭和七年一二月二三日大審院裁判例六巻民事三五〇頁)
勿論破産法三七四条の処罰の対象にはならないのである。
十一、第六項記載のとおり、原審は会社が倒産した以上、一切何もしてはならない、従業員に給料も支払つてはならないとの考を基礎にして本判決をしているが、夫れが抑々法第三七四条の解釈を誤つていると控訴人の非難する所以である。
十二、然し乍ら、経済界の実状は決して左にあらず、倒産会社代表者は何とかして会社を再び軌道に乗せんとし、或は大口債権者と懇談を重ね、或は他に新規の融資を求め、会社を投出す迄には八方手を尽して、全精力を傾けるものである。そして良心的な事業家は倒産会社の再建を諦めた暁にも、所謂第二会社を作つて事業の継続を画し、その利益を以て倒産会社の債権者への弁済をせんとするものであつて、近くは山一証券が潰れた後も、その収拾策として日本銀行が音頭をとつて、新山一証券を作ることは、何ら咎むべき事ではないのである。
即ち経済人に対しては法の範囲内での自由活動は当然認めるべきであつて如何に倒産した後とは云え、両手両足を縛つて動けなくしてはならないのである。
十三、然るに原審二枚目裏五行目及び十四枚目裏二行目に於て一般債権者に秘して右厚和電機株式会社の第二会社を設立して、その営業を継続しようとの意図のもとに
と第二会社を作ること自体が犯罪であるが如き口振りである。
十四、そして原判決は被告人等が足を曲げた事実についても、手を揚げた事実についても、必ず「自己の利益をはかり、一般債権者を害する目的をもつて」との定冠詞を付し、以て何事にまれ予断偏見に基いて全部犯罪に仕立て上げようとしているのであるがその論理乃至事実認定は乱暴極まるものであつて、控訴人の絶対に承服なし得ないものである。即ち、原判決は、初めから此の結論を極めて置いて、其処へ導き込むよう論理を進めているとしか思えないのである。
第二点原判決は法令に違背し、採証法則に違背して事実を認定した違法がある。
其の三 差押、競売は正当適法なるものであり、同会社の機械器具類を隠匿しようと企てた事実は無い。
三十四、原判決二枚目裏八行目に
同会社の債権者の権利行使の形式を用い、差押、競売の方法によつて、同会社の機械器具類を隠匿しようと企て
とある。
三十五、処で佐渡佐太郎は小澤から厚和電機に対する債権の譲渡を受けて真正適法なる債権者となつた。そして健三は右佐渡から右債権の取立の委任を真実適法に受けたものである(後記第四十二項以下第七十六項)
然らば健三が佐渡代理人として、厚和電機の有体動産に対し強制執行手続を進めたのは何等咎むべき事ではなく、寔に適法なる権利の行使であつて、決して原審の云う「債権者の権利行使の形式を用い」たるものではないのである。
三十六、続いて「同会社の機械器具類を隠匿しようと企て」とあるが、競売手続を採つても必ずしも最高価競落人となり得るとは決まつていないから、之を自由に搬出乃至隠匿し得るものでない事など申す迄もない。
三十七、之に関連して一言致し度い。
刑法第九十六条ノ二、強制執行不正免脱罪に関し、最高裁昭三六(あ)第二九〇二号(昭三九、三、三一第三小法廷)判例タイムズ一六一号八四頁
架空の金銭債権を記載した公正証書に基づく有体動産の仮装の競売手続により、債務者の所有物件があたかも名義上の競落人の所有に帰したかの如く偽つた行為は、右財産の所有関係を不明にするものであつて、刑法第九十六条ノ二にいわゆる財産の隠匿にあたる。
(解説)本決定は、上告論旨が、仮装の競落によつて、債務者の所有権が、仮装競落人の所有に移転する理由はないから、被告人の所為は、財産の所有関係を不明にしたものではなく、財産の隠匿にはならない旨主張したのに応えたのである。
通説、判例は刑法第九十六条ノ二にいわゆる財産の隠匿とは、財産の発見を不能又は困難ならしめる行為をいうものと解している。その行為の形態としては、財産を場所的に移転してその所在を不明にするのが通常の場合であるが、本件のようにその所有関係を不明にする場合も右行為の一形態として財産の隠匿に包含せしめるのが相当であろう。
右のような解釈は、学説としては夙に見られたところであるが、最高裁の判例としては、はじめてのものである
と云うものである。
三十八、偖て本件は被告人等の行為が破産法第三七四条の隠匿に当るかどうかが、争の焦点となつた。
之に対し原審は被告人等が
(イ) 架空の債権に基いた強制執行であり、以て所有関係を不明にしたものであるから隠匿に当る。と云うのか
(ロ) 場所的に移動してその所在を不明にせんと企てたのであるから隠匿に当るとするのか
その点何等事実を具体的に摘示することなく、ただ法文の文字をそのまま「被告人等は隠匿せんと企てた」では理由不備の非難を免れない。
三十九、之に対し
(イ) 架空の債権に基いて為した強制執行でない事は後述のとおりである(第四十二項乃至第七十六項)
(ロ) 場所的に移動してその所在を不明にせんと企てたものでないことは、原判決の挙げる前記第二十七項掲記の証拠
登記官吏青谷岩男作成の昭和三十五年九月五日付登記簿謄本
の一枚目表チヤンと
3、支店東京都大田区北千束町五四八番地
と登記がしてあつて、即ち被告人等は之等の機械器具類を、競売によつて取得した後も、依然従前の場所で生産を続ける意思であつたことが実に明ではないか。
即ち原判決は採証の法則を誤つた違法があると云わざるを得ないのである。
四十、一言するが新会社の本店を前項の登記簿謄本
2、本店東京都豊島区池袋二丁目一一二五番地
としたのは
(イ) 同じ大田区内に於て、第二会社の設立登記申請をしても、旧会社と類似商号との故を以て却下される懸念がある。
(ロ) 新会社は金融機関から相当の融資を仰がねばならないものである処、小澤の顔のきく、豊島区内にある東京信用組合は、信用組合法によつて、大田区に本店を有する会社には融資が出来ないので、新会社の本店を小沢の住所地とした迄のこと
であつて、其他に他意はなく、勿論一般債権者に秘して、その追及を免れよう意志などは毛頭なかつたのである。
(その他の控訴趣意は省略する。)